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プロフィール
三原淳雄
 

2004年08月03日
三原 淳雄

UFJ騒動
 

世の中にはうまいことを言う人がいるもので「メガバンク 不良娘に 婿二人」という川柳に、思わず知らず膝を打ってしまった。 
あれだけ奔放な経営をすれば、そのツケは必ず回ってくる。にもかかわらずその過去の不始末を整理するでもなく、たとえてみれば不良娘があちこち男をつくった挙げ句、その整理を他人に委ねるようなもの。 
その途中で約束を一方的に反故にしたりしたのでは、川柳でからかわれても仕方あるまい。経営にはきちっとしたガバナンスが不可欠だが、今回は全くそのガバナンスが見えないし、過去のガバナンス不在に対する謝罪も反省もない。ただ目先を何とか眩まして自分たちの責任を逃れたいとしか見えないのは私だけではあるまい。 
株主に対する責任や説明をしっかりしたうえでの合併・統合申し込みをするのが筋なのだが、そうした様子もないのは不思議だし、また例によってマスコミはその資産の規模だけで世界最大のメガバンクになると騒いでいるのもおかしい。 
変な資産を積み上げたからこそ、経営がおかしくなったのであり、本来であればリスク資産は減すのが筋で、ただ大きさだけを競うのではなく経営が評価されるべきはその時価総額だろう。規模ではみずほ銀行並みのシティグループの時価総額は26兆円、対してみずほのそれは3兆円強なのは何故なのかをいまは考える時だろう。 
図体だけでかくても身体は水ぶくれで頭脳が留守では単なる「うどの大木」でしかない。株主や市場を軽視していると必ず市場から手痛いしっぺ返しを受ける可能性を経営陣は忘れないことだ。 
銀行といえば社会の公器のなかでも最も大切な公器なのである。にもかかわらず社会的な責任は棚に上げ我が社のことばかりを心配しているように見えて仕方がない。 
世間にしっかり説明をし、きっちり責任ある対応をするのがガバナンスである。 
いったん約束した契約を裁判で争うなど見苦しい以外の何ものでもないし、これでは場当たり的だと批判されるのは当然である。 
将来時価総額をいくらにするのか、そのために何をしようとしているのか、まずそれくらいのことは説明してしかるべきである。 
日本には「恥の文化」があったはずなのだが、中途半端に豊かになって肝心な恥を忘れたとすればまことに残念な話である。みなさんいい大学のご出身のはずだが何を学んできたのだろうか。頭の中をのぞいてみたいものである。