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プロフィール
三原淳雄
 

2005年08月31日
三原 淳雄

日本脱藩のすすめ
 

 こんな年寄りみたいいなこと言いたくはないが(もう充分年寄りですが)このごろの日本はどこかタガが外れてしまったのではないかと思えてならない。 
 日本には「衣食足って礼節を知る」とか「恒産なくして恒心なし」という言葉があったが、もうすっかり死語になったようだ。 
 パイロットが自社のユニフォームやマニュアルを盗んで売ったり、多分日本で最も高い月給を貰っているはずの一流新聞記者がニセの記事を書いたり、高級官僚がウラ金を使って私腹を肥やしたりしている現状を見ると、責任とかプライドといった言葉も死語になったとしか思えない。 
 確たる目標もなしにただ物欲だけに走り、ましてや金さえあれば人の心も買えるとうそぶくような若者に群がるいまの日本の姿を、もしご先祖様が生き返って目にすれば、それこそ世も末だと、泣きたくなるに違いない。人間はパンのためにのみ生きるにあらずという気概が見えない。 
 ましてや「飢しても盗泉の水は飲まず」「武士は喰わねどたか楊枝」という言葉など、いまの日本では何を意味するのかすら理解されないだろう。 
 だから投資の世界でも「損をさせられた」という言葉が大っぴらに語られるのである。  
 本来自分の行動の全ての責任は自分にある。結果がどうであれその全ては自分に帰属するのだから、本来損をさせられたのは自分が何かを間違えたからであり、欧米で働いていたころに欧米の投資家からそんな言葉は聞いたことがない。それどころか損をさせられたなんて公言するのは自分の恥と考えているのである。 
 こんな国になったのも、戦後の日本では人権や私権などが戦前の反動で過保護になり、一方で公共、つまりパブリックの利益という最も大切なことが疎かにされた結果であろう。 
 本来何よりも優先されるべきは公共の利益でなければならず、公共の利益のためには私権や人権が制限されて然るべきなのだが、ゴネ得がまかり通ったり、バレなければ何をやってもいいといういまの乱れた姿をエリートとされる人間から見せつけられれば、人心もすさむはずである。 
 今回の選挙の争点に公共の利益という言葉がひとつも見当たらず、刺客騒ぎばかりが大きくなっているのは、何とも淋しい限りである、これではどんな結果いなっても日本が大きく変わる期待は少なそうだ。 
 このままでは孫に英語や中国語でも身につけて、世界のどこででも生きていけるよう日本脱出の準備をしておけと言い聞かせることぐらいしか出来ない国になりそうで、国民が国から逃げ出すまで気がつかないようだとは何とも寒心に耐えない。