三原淳雄の言いたい放題 mihara-atsuo.com
プロフィール
三原淳雄
 

2006年02月10日
三原 淳雄

「死語となった日本語」雑感
 

「国家の品格」という本を読んだ。うまいタイトルだし著者の藤原正彦氏は骨太だし、これは売れるなと思っていたら案の定ベストセラーとなった。いまの品性に欠けた世の中に怒り狂っている人が多いのだろう。 
 「品」「品性」「品格」という言葉はとうの昔に死語になった感じがあるし、カネはあるが品がない連中ばかりが目立つのも、本が売れる理由だろう。 
 他にも死語になった言葉は多い。「分」「分別」「分際」なども最近さっぱり聞こえないし、使われている様子もない。 
 代って努力もせずに人を嫉んだり、義務はそっちのけで権利ばかり振り回したり、分を弁えない奴は本当に増えてきた。 
 藤原氏はしきりに「惻隠」という言葉を用いているが、これなど本当にいい言葉なのだが、「惻隠の情」なんていったって、いまの若者は何のことか全く理解出来ないはずである。何せ肝心の分を忘れて目立つことしか考えていないのだから、惻隠なんて考えつきもしないはずである。 
 だから社会に最も大切な「公」の精神が忘れられてしまう。買い占められかけたときのフジテレビの幹部が「公共放送なんだから」と如何にも偉そうに、さも迷惑そうにコメントしていたが馬鹿を言っちゃいけない。 
 その最も大切な公の字のついた公共放送を私物化し、三流タレントもどきや世論迎合しか考えていないコメンテーターを出演させ、愚かな餓鬼どもを更に愚かにしたのはフジTVではないか、公の字が聞いて呆れて泣いていることも忘れないことだ。 
 ライブドアの馬鹿騒ぎがやっと一段落したところで「国家の品格」みたいな本が売れ始めているのは、少しはまともに世の中を考えたい人が増えつつあるのだろうか。 
 これももはや死語だが「衣食足りて礼節を知る」という言葉をいまこそ噛みしめるときだろう。個人金融資産に関して言えば、たった一億二千万人の日本人が63億人の世界のそれの三割も持っているのだから「礼節」を知り神に「感謝」し、「謙虚」に「品良く」生きることを、もうそろそろ考えてもいいころだろう。 
 「正直者が損をする」ような社会が栄えるはずもない。正直は嘘さえつかなければ誰にでも出来るのだから、世直しはまず正直になることから始めようではないか。 
 天に「恥じる」ことのない人生は楽しいはずである。