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プロフィール
三原淳雄
 

2006年12月28日
三原 淳雄

ルールとモラル
 

 ルールとモラルはなかなか厄介な存在である。ルールさえ守っていれば何をやってもいいかとなると、時としてモラルを問う動きが出てくる。平成18年(06年)はその意味で最もコントラバーシャル(物議をかもす)年だったのではないだろうか。 
 みずほ證券の誤発注やライブドア、その後の村上ファンドなどなど、ルールとモラル両面から世の中大きく揺れ動いたし、年の暮れには私の古巣の日興コーディアル グループが大変なことになった。 
 ルールが確立していなかったからそうなったのか。守るべきモラルが守られなかったのか、それぞれの立場でそれぞれの理由があるのだろうが、もうそろそろルールとモラルについてのきっちりした線引きが必要だろう。日興の金子会長とは若い時からの友人であり、彼の人柄から考えるとルールを踏み外すとはとても思えないのだが、会計手法を巡る当局との解釈の相違となると、当事者でもないので具体的な内容は残念ながら判らない。しかし双方のやりとりの終盤戦にはモラルの方が強く出てきて、肝心のどこがルールに外れたのかが判然としなくなってきた感は否めない。 
 よく「羹に懲りて、膾を吹く」というが、アメリカのエンロンに端を発したSOX法が、あまりに厳し過ぎてアメリカの企業が悲鳴を上げて苦しんでいると聞くと、日本もそうなりはせぬかと心配である。 
 「過ぎたるは及ばざるが如し」とも言われるが、目下検討されている日本版SOX法の行方が大いに気になる。うっかりすると「角を矯めて牛を殺す」ことになりかねない。 
 ルールとは本来参加者が決めるものであり、全てのゲームのルールは参加者が決めプレーが行われる。審判はあくまでフェアでなければならず、そのためには公平・中立・厳格でなければならない。 
 ところがその審判がフェアでなかったり、プレーに参加したりすると、ことは飛んでもない結果となる。 
 日本の市場はもうとうの昔に外国人プレーヤーが多く参加しているのだから、国内のモラルを大切にしながら「していいこと、悪いこと」のルールをハッキリと決める時だろう。 
 見せしめ的な一罰百戒方式ではなく、ルールをしっかり決める一方で、全罰全戒でのぞむべきだ。ライブドアが捕まる一方で、同じようなことをしでかして逃げ切った奴も沢山いるのは周知の事実。 
 ‘07年の最大のテーマは官民挙げてルールとモラルを峻別することから始める年としたいものである。