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プロフィール
三原淳雄
 

2008年05月30日
三原 淳雄

「公」と「私」
 

 「公共の利益と個人の利益」そのどちらを優先すべきか。どうもいまの日本を見ていると、その区別がぐちゃぐちゃになっているように見える。 
 イギリスがサッチャー首相の主導のもと、大きく構造改革に踏み切ったころ、機会があってロンドン郊外の確かミルトンキーンス(?)と呼ばれていた広大な開発プロジェクトを視察に行ったことがある。 
 その折案内してくれた現地の開発担当者に同行していた友人が「ゴネ得をどうしているのか聞いてくれ」と頼まれ、まず困ったのが「ゴネ得」を英語でどう言うかだった。結局何とかその意味を説明し相手に判って貰えたのだが、驚いたのは彼の答えだった。ただひと言「He will go to Jail」(刑務所行き)だった。 
 何故か。その地域を開発するに際して何回もヒアリングや公聴会を開き、開発した方が万人の公共の利益になると国民の総意で決めた。 
 それに対して個人が私益のためにゴネるのは「パブリック エネミイ」(社会の敵)だからだそうだ。公共の利益が何よりも大切ではないかと言われればグーの音も出ない。私益のためにコストが上昇し、少の利益のために万人の負担が重くなる。1〜2人のゴネ得で道路が大渋滞し国民の負担が高くなる国とは大変な違いである。そんな輩がエネミイとなるのは当然だろう。 
 いま思い出しても痛快な話だが、果たしていまの日本でこの種の区別がハッキリしているとのだろうか。とてもそうとは思えないし、それどころか公私が入り交じりグチャグチャになっている感すら覚える。政治家には道路族や年金族を公称する連中がいるし、役人もせっせと天下り先を作ったり探したり。個人にも政治家とくっついて旨い汁を吸いたい連中がグチャグチャいる。公私混同はごく当たり前、税金はたかるものと心得ている輩の何と多いことか。 
 民間でそれをやったらクビになるであろうことを、政治家や役人による裏金作りなど将しく公金横領なのだが、せいぜい不祥事にしかならない。公の意識の欠如の好例だろう。アメリカなら即刑務所である。 
 公とは英語で「パブリック」従って役人は「パブリック サーバント」(国民のための召使い)だし、政治家も市長や町長は「公」のためのサーバントとしてボランティアみたいに無給で働いている人も多い。 
 有名な例では俳優のクリント イーストウッドがカーメルの町長を無給でやっていたし、無給どころか多額の寄付までしたらしい。その公の意識がハッキリしている欧米の投資家にとって、日本の経営は公私混同が目立って仕方がないのではないか。 
 上場することを英語では「GO TO PUBLIC」日本語のIPOである。 
 ここにPが入っているということは、たとえオーナー会社であっても、いったん上場すればそれは社会のもの、私利私欲のための経営をしたければ上場などすべきではない。 
 パブリックとプライベートとは全く異なるのだが、オーナー経営者のなかにはまだ区別がついていない人が多い。だから買い占められて大騒ぎとなる。 
 なかにはJパワーや成田空港のように、オーナーでもないのに天下り先の確保が目的としか思えない外資規制を堂々と主張したりしている姿を見ると、パブリックを重んじなければいけない役人たちが、プライベートな利益のためにパブリックを食い物にしているとしか思えない。 
 やっとアデランスではスティールパートナーズを主体とした株主連合軍が、オーナー経営者の続投を否決したが、当たり前の話である。 
 思えばいまの新興市場の惨状は、この種の公私混同していた経営者たちが、上場すれば金儲けが出来ると、私欲を優先したIPOの弊害がもたらしたからではないだろうか。あれだけ株主をコケにしたらそっぽを向かれるのも当然だろう。 
 公と私、改めて区別して考える時である。