生来軽薄で楽天的なこともあって、高校生のころによく見たアメリカ映画に出てくるアメリカの大学のキャンパスライフに憧れ、幸い当時の会社の留学生制度に応じて首尾よく留学するというチャンスに恵まれた。
40年以上も前の話だから、MBAなんて言葉も知らずにMBAを目指したのだから「聞くと見るとは大違い」で、こんな苦しい勉強をしなければならないなんて、人生で最悪の選択をしてしまったと青くなったものである。
あのまま2年留学したとしてもまずMBAは取れなかっただろう。アサインメントと称する膨大なテキストを渡され、講義は読んだことを前提に議論する形だから、ろくろく読めもしない身としては拷問と同じ。毎回当てられませんようにと祈るしかない。
だいいち当てられたとしても、読めていないのだから質問は聞き取れても、何を言っているか、何を聞いているかも不明だし、正直滅茶苦茶落ち込んでしまった。後になってシングア ソング ライターとして「シクラメンのかほり」などを作った小椋佳がまだただの学生として隣の部屋にいたが、あの大秀才でも「参った」とぼやいていたほどだから、いまでも時折夢に見てはうなされている。
幸い会社から業務多忙につき悪いけど一年で帰って来てくれと言われ、あの時ほど救われた気持ちになったことはない。
もっともその後MBAが知られるようになるにつけ、MBAが欲しかったと思うこともあるが、まあ人生ってそんなにうまくいくものでもなし、一年間だけでもアメリカ大学の講義に触れることが出来たのは何よりの経験し、何よりもディベートの大切さがよく理解出来た。一方的に教えられるばかりでなく、それについて考えるという癖がついたのは収穫だったと言えるだろう。
日本の大学の講義に較べると大きな違いは授業が賑やか、つまり学生がよく質問したり答えたりしていることだった。
その日本の教育がここに来て曲がり角に立たされているのは当然だろう。
大学生の就職率が低いと騒がれているが、それならまず日本の教育制度や内容も大きく変えなければならないだろう。
マイケル サンデル教授
車中に持ち込むのに手軽だからと、つい手許の学士会会報を持ち新幹線で読んでいたら、いま学生たちの間でベストセラーになっている「これから「正義」の話をしよう」(マイケル サンデル著)が取り上げられていた。早速買って帰りの車中で読み始めたら、これが面白いのなんの、政治哲学の類の本だが思わず知らずアメリカの大学の講義に参加しているような気分になった。
日本で盛んな小さな正義や正論に疑義を覚えていることもあって、正義とは何かを具体的に説明していくサンデル、そしてそれに積極的に参加しているであろう学生とのやりとりが目に浮かんでくるようだ。
後で知ったのだが既にNHKでその授業風景が放映されているし、8月25日には日本でも東大の安田講堂で実際に講義が行われる。単なる知識を集めるばかりではなく、その知識を知性に変えていく、これがいまの日本に最も必要なのだろう。ハーバードの学生は幸せ者だ。
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