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プロフィール
三原淳雄
 

2007年06月25日
三原 淳雄

どこまで続くぬかるみぞ
 

 新しい金融取引法では70歳以上になると、株式や投信など市場のリスクがある商品については、買いたいと思っても簡単には買わせて貰えなくなるらしい。 
 回りくどい言い方だが、簡単に言うと、要は老人は認知症ではなくて常にリスクの判断が出来ない恐れがあるかららしい。 
 この動きを聞いて口の悪い年下の友人たちが「三原さんでも株など買えなくなりますよ」とからかってくるが、聞けば本当の認知症の老人に高額商品を売りつけたりする輩が多くなっているかららしい。 
 昔のような大家族でもなくなり、ひとりやふたり暮らしの世帯が増え、老人だけの家庭も多くなってくるのは当り前の話。 
 その孤独な老人たちを騙す奴が出て来るのも世の常だが、だからといって70歳以上をひと括りにして、しかも金融機関にその判定をさせるという行政の姿勢は如何なものか。 
 例によって何かあった時の責任を行政は恐れているのだろうが、少し国民を馬鹿にし過ぎているのではないか。 
 アメリカが何故あれほど銃による犠牲が出ているのに銃の規制をしないのか、いちど調べてみたらどうだ。人間は生きていくうえで何らかのリスクはつきものである。 
 その人間を重視するアメリカでは、国民にとって最大のリスクは政府や官僚が国民の敵となることであり、その場合は国民は銃を持って立ち上がっていいと憲法が謳っているからである。最大のリスクを防ぐために、多少のリスクは仕方がないという考え方が根底にある。三億人のリスクと較べて見れば、どちらが大きいかは言うまでもあるまい。 
 ところが日本では目先きの小さなリスクを大きく騒ぎ、そのためもっと大きなリスクが見落とされがちになる。それも自分たちにふりかかるであろうリスクを恐れる官僚たちによってである。マスコミも怪しからん。さも国家の一大事みたいに騒ぐので、世論をおもねる政治家や、世論しか興味がないマスコミがたちまち規制しろと大声で叫ぶ。 
 かくていまの日本は世界に類を見ない「リスク過敏症」国となり、納豆やケーキのようなどうでもいいことが国の安全保障より大きな問題となってしまい、肝心な大きなリスクが疎かにされているのではないか。 
 認知症かどうか本来はその家族が判定すべきもの。日ごろは親を一人で放ったらかしておいて、被害にあって大騒ぎするなんてみっともないともっと自らを恥じるのが先きだろう。そんな馬鹿騒ぎのおかげで70歳をすぎただけで、正常な高齢者まで認知症の判定をされるなんて、何とも住み難い国にしてくれたものだ。 
 いったいこの国の誇りとか矜持はどこにいってしまったのだろう。何でも法律で縛り役人に任せていると、金持ちはよりつかず、それどころか群れをなして逃げ出していく貧乏国にもうすぐなるだろう。 
 そんな国になった時にどんな泣き言を今度は並べるのだろうと、この国の行く先が楽しみだ。